2022年11月27日、NPO法人キャンサーリボンズが主催する「がんの治療と暮らしフェア」の一環として、本財団が共催したプログラムがオンラインで開催されました。超高齢社会の日本においては、ひとり暮らしの世帯数が増えています。がんの罹患率も、男女とも50歳を超えると増加しはじめ、高齢になるほど高くなります。このような現状のなか、ひとりで暮らす方々をサポートするにはどうすればいいのか。
「ひとりで暮らす人のための、よりよい治療と人生のために」というテーマでNPO法人キャンサーリボンズ 副理事長の岡山慶子さんの進行のもと、各分野で活動している方々のプレゼンテーションが行われました。本財団の一柳弘子さんもパネリストとして参加しました。
私が勤務している病院のがん相談支援センターは、患者さん、ご家族、一般市民、医療者が自由にアクセスできるがん治療や療養生活に関する相談窓口になっています。相談内容は、検査や医療者とのコミュニケーション、経済的負担や支援、そしてがんの予防や検診、療養生活の過ごし方、社会や家族との関わり、患者や家族の心の在り方、緩和ケアのことなどさまざまです。ひとり暮らしで頼れる人がいないという相談もたくさんありました。
がん相談支援センターでは、がんや治療と付き合いながら自分らしく生活していくためのヒント集を作成しました。特に、ひとり暮らしの方を想定した『おひとりさま安心ガイド〜がんや治療とつきあううえでのもしもの備え〜』という冊子を利用いただいています。その内容は次のようなものです。
①がんや治療と付き合うプロセス
診断や治療、経過観察になった時期、そして人生の最終段階に特に重要になること、安心を与えることを一覧表にしています。特に重要になるのは人生の最終段階ですが、がんや治療と付き合ううえでは、いろいろなことを考えて物事を決めなければなりません。初めて経験することがたくさんあります。②あなたが大切にしていることは?
がんの治療をしながら自分らしく生活するには、決めなければならないことが数々あります。心のエネルギーを保つためには、いま何がいちばん重要なのかを考えて取り組むことが重要です。それが、ヒントになるからです。身体のこと、心のこと、暮らしのこと、その視点を社会のなかで枠組みをつくって考えることが大切です。③あなたのサポーターは?
サポートをお願いしたい人、また実際にサポートしてくれそうな人を場面ごとにイメージしておきましょう。がん治療のプロセスでは不安になったり、落ち込んだり、気持ちが揺れ動くことがあります。心の辛さを少なくしてくれる人の存在はがん治療と同じように大切です。④もしもの備え
日常生活やお金の管理で援助が必要になるときがあります。そして、いつか最期のときが訪れます。最近、終活について考える人が少しずつ増えてきています。もしものことを前もって考えておくことです。⑤病院内・外のサポーター
病院の中にも外にも治療や療養生活のサポーターになりたいと思っている人がいます。さらに、高額療養費、傷病手当金、介護保健、社会福祉協議会の有償ボランティア、在宅医療、日常生活自立支援事業、成年後見人制度、遺言など利用できる様々な制度があります。『おひとりさま安心ガイド〜がんや治療とつきあううえでのもしもの備え〜』
私は、任意代理や任意後見、死後事務、遺言執行など、“おひとりさま”に関わることをしています。受診の同行をしてくれる人がいない、入退院の手続きをしてくれる人がいない、緊急時に対応してくれる人がいないなど、高齢者のひとり暮らしにはさまざまな困難があります。本人というよりも在宅で関わっているケアマネジャーや訪問看護師、訪問診療のドクターなど周りの人が困惑して相談くることが多くみられます。
ひとりで暮らす“おひとりさま”が、最期まで自分らしく生きるためには必要なことがあります。まず、本人の具体的な意思決定です。終末期における自分の思い、延命希望に伴う尊厳宣言書をつくるか否か。死後も葬儀とか、納骨とか、部屋の片付けとか、身の回りの処分などを前もって自分で決めておくことが大事です。また、財産の譲渡などには遺言の公正証書をつくる必要があります。
次は、キーパーソン。本人の希望を実際に叶える覚悟を持ったキーパーソンです。覚悟を持ってというのは、強い意志を持つことです。受診の付き添いや主治医との情報共有、入退院の手続きのほか、家の鍵の保管、着替えの交換、救急時の対応、手術の立会い、さらに、死後の各種手続きなどさまざまなことをしなければなりません。その人の人生を託されるという意味で覚悟を持たなければならないのです。
そして、キーパーソンを支える医療や介護のチームです。本人の希望を叶える医療や介護のチームがないと、本人の希望を聞くだけになって何も解決しません。本人の具体的な意思決定を叶えるための全体のコーディネートのような役割がキーパーソンです。
私の考えでは、キーパーソンにとって大事なのは、本人のことをよく知っている人。そして、1時間程度で駆けつけられるような距離にいる人。何より自分より先にボケそうにない人。このような人がキーパーソンに適しています。家族だけでなく、第三者に依頼することも可能です。その場合、キーパーソンは任意後見受任者として身元引受人の役割にもなるし、身元保証人の役割にもなるのです。
腫瘍内科医として進行がんの患者さんの化学療法を主に担当しています。私は、いまの日本では独居家庭が多く、特に高齢者男性の独居の方がひじょうに増えているのを実感しています。医師として“おひとりさま”は、決して小さな問題ではないと捉えていました。
介護保険の制度ができてからは、医療側と患者さんが協力して在宅でサポートしていく時代になりました。治療がうまくいっているあいだは特に問題はありませんが、がんという病気は必ずどこかで自立性が失われていくところがあります。そのときのことを患者さん自身が意識しなければいけません。がんとは、そういう病気なのです。
がんの治療はひじょうに複雑化、多様化してきています。放射線治療や手術だけでなく、私が専門にしている化学療法でも、最近は分子標的治療薬とか免疫チェックポイント阻害薬といった薬剤が登場して治療成績も伸びています。それぞれ副作用があるので、治療法の目的を決めることは患者さんの意向が重要になってきます。
いままではインフォームドコンセント、医師が説明したものを患者さんが同意するという一方向の流れでした。最近はシェアードディシジョンメイキングという考え方があり、患者さんの希望や治療の目標ゴール、あるいは患者さんの思いを、医師、医療者と共有しながら一緒に治療方針を決めていくというスタイルが広がりつつあります。インフォームドコンセントとシェアードディシジョンメイキングとは情報のやりとりの仕方が違うので、患者さん側も治療の考え方を理解していただきたいと思います。
治療する側も患者さんの人生を引き受ける覚悟で向き合っています。これもまたキーパーソンです。治療のときだけでなく、治療が難しくなったときにどのように過ごしたいのか、どんな生き方をしたいのかを医療者と普段から話し合える関係をつくっておくということは大事なことです。最近、SNSなどでいろいろな情報があふれていますが、ひじょうに偏った情報が多いので、振り回されることなく、医療者の意見を冷静に受け止めるほうが結果的には治療が上手くいっています。“おひとりさま”でも医療者と良好な関係をつくるのがひじょうに大事です。
当財団は誰もが自分らしく生ききることができる社会の実現を目指して活動しています。現在、私たちの暮らしは大きく変わってきました。家族のかたち、ライフスタイルや働き方等が変わり、ひとりで暮らす方が多くなっていますが、地域で支えあうというのは決して十分ではありません。人が社会の制度や仕組みに合わせていくのではなく、人の幸せを中心に考えて、思いや希望を大切にして自分らしく生ききるにはどのようなことが必要なのかを考えてきました。
支援する人や仕組みとともに、当事者が自分はどう生きたいのか、何をしたいのかという意思を表すことが大切です。ただ、日本では、そういう学びの場や環境が整っていないように思います。心理的に安心して語れる、きちんとした意見でなくても自分の思うことを言っても大丈夫という場が必要だと思っています。きちんと語る、そして他人の思いを聞くことによって、自分とは違った考えを理解し、自分の考えを他の人と共有することができます。
グリーフという言葉があります。グリーフとは大切な人を失った深い悲しみ、悲嘆を意味します。大切な人との別れは、大きな悲しみだけでなく、体や心にさまざまな変化を起こします。 グリーフケアの一環として、分かち合いの会というものがあります。そこでは、同じように大切な人を失った人、同じような体験をした人それぞれが自分の意見を語っていきます。言いっぱなし、聞きっぱなしです。そのなかで自分と同じ思いをした人の声を聞く。自分の気持ちがわかっていく。話すことによって、次第に自分がどうしたいのか、自分はなにが大事だと思っているのかが認識されていきます。
自分と同じような体験をした人、自分と同じような思いを持った人とは、よりピュアな仲間意識が生まれ、話していくなかで自分にとっていま何を大事にしたいのかを気づかされます。私はそのような場がこれから本当に必要になると感じています。
2022年11月27日11時からのオンラインイベントを要約。