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死を意識すると、人生が太くなる!
乳がんサバイバー、美容ジャーナリスト
山崎多賀子さん

プロフィール

美容ジャーナリスト。2005年、44歳で乳がんが発覚。右乳房を全摘出、抗がん剤、分子標的薬治療、ホルモン療法を行い、女性雑誌にスキンヘッドの写真も公開。2007年、乳がん闘病記『「キレイに治す乳がん」宣言!』(光文社)を上梓。自らの体験と美容の知識を生かし、がん患者のためのメイクセミナーやサポート活動を続けている。NPO法人キャンサーネットジャパン認定乳がん体験者コーディネーター、NPO法人キャンサーリボンズ理事、乳房の健康の応援団「マンマチアー委員会」実行委員。

人生は思っているより短い。
やりたいことをやらないと後悔する。

がんに罹(り)患すると、すぐには死ななくても、いつかは自分が死ぬということを意識します。自分の人生は思ったより短いぞ、と。
病気になるまでは、べつに長生きしなくてもいいやと思っていました。楽しいこともあるけど、辛いことや面倒なことの方が多いし、子どももいないので、自分が先に死んで困るということもない。ただ親より先に死ぬのだけは避けたいな、というくらいに思っていました。
ところが、がんに罹(り)患すると、まるでドラマの主人公みたいに「あと何回、桜が見られるんだろう」と思っている自分に笑ってしまいました。がんとわかったときは多忙を極め、何年も移動中のタクシーの中からしか桜を見ていなかったと気づき、いつも目の前の事だけしか目に入らず、季節の移ろいをじっくり愛でる時間をとってこなかったことに、すごくもったいないことをしたなあと。生きているって、それだけですばらしい。そのすばらしさを味わわないともったいない!と。
そう思ったときに、くだらないことで悩んだり、よけいなことをしたりしている場合じゃないなと。もちろん、再発は恐いし、起きていない事を先回りして悲観的になることもできるけど、それだけに囚われて生きるのはつらいからいやだと考えるようになりました。
だから、客観的な現実しか見ないと決めました。たとえば、乳がんに罹(り)患する人は11人に1人(2020年時点)。他のがんに罹(り)患する人もいる。災害にあう人や、病気でなくても自死する人もいる。そういう現実を見ていくと、がんでも私は不幸ではないし可哀想でもない。日常の中には、今まで見過ごしてきた小さな幸せがいっぱいある。そして、他にも悲しい思いをしている人がいっぱいいるなかで、客観的に見て私は幸せなんだと。
病気になると、今までは気になっていても「忙しい」という理由で通り過ぎていたことに目が行くようになります。いつかやろうと思っていても、「いつか」は来ないのだから、自分がやりたいことと、やるべきことは、そう思ったときにやらないと、と。そう思うようになりました。

がんに罹(り)患したからわかった、
私がやるべきこと。

私がやるべきこと。そのひとつが、がん患者さんのためのメイクセミナーでした。
抗がん剤治療をすると髪や眉やまつげが抜けて、顔が黒くなるなど、さまざまな外見の変化が起きて、鏡を見ると、落ち込みます。生きるために頑張って治療しているのに、堂々と生きようと思っているのに、外見の変化が妨げになってしまう。美容ジャーナリストの私にはたまたまメイクの知識があったから外見をリカバーできたし、外見と心と社会は密接につながっているという実感がありました。その体験を活かしてNPOや病院でのメイクセミナー、講演、がんに関する取材執筆など、情報発信を続けるようになりました。
対象は女性だけではありません。最近、国立がん研究センターでは男性のための外見ケアに関する冊子を制作しましたが、男性からの相談も少しずつ増えています。男性の場合は外見の変化から、「がんを理由に、仕事上で、あてにできない存在と思われるのではないか」という恐怖が大きいそうです。だからといって、男女にかかわらずがんを隠していることも、心に大きな負担となっています。
私がこうした活動を続けているのは、がんに対して偏見のない社会をつくりたいからです。私もそうでしたが、がんを、自分には関係ない、恐いものだと思っていると、自分がなったときの動揺はより大きなものになります。激しく動揺するなかで、正しい判断ができなくなることもあります。だから、がんになる前から、がんの正しい知識を持っておくことがとても大切だと感じます・
でも、実際に、がんは誰もがかかる病気です。検診で早期に発見することも大切ですが、それ以上に、がんと診断された人を、みんなで支えることが重要です。がんに罹(り)患しても隠さずにすむ社会、自分が戻りたいと思う場所に戻れる社会、だれもが「最後まで自分の人生を生き切った」と思えるように生きられる環境づくりのお手伝いができたらいいなと思っています。

「ちゃんと生きた」と思って死ぬために、
「これしかできない」ことをやる。

がん患者さんのサポートをするなかで、みおくった人もたくさんいます。自分の死を受け入れられない人は当然いますし、自分のがんは治らないとわかっても、起業したり、学びなおした罹(り)患者支援の会をつくる人がたくさんいます。正解はその人によって違うと思います。ただ、もちろん何度も落ち込み、葛藤を繰り返すけれど、ずっと絶望の中で立ち止まっているわけではない。むしろ以前より力強く人生を歩いていく。そういう人たちを見ていると、人生は本当に長さで測れないなと思います。
がんに罹(り)患して、いろんな人に会って、いろんな生き方を見せてもらって、他人の評価よりも、自分で必要だと思うことをやろう、自分が得意なことは人のために使おう、と思うようになりました。
相田みつをさんの言葉に「これでいい とは思いませんが これしかできない わたしには」というのがあります。大したことではなくても、自分でやれることはやった、ちゃんと生きた、と思って死ぬことがいちばん幸せなのではないかと思うのです。

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