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死を考えることは、今、ここを生きること。

がん研有明病院腫瘍精神科 部長、
清水研先生

プロフィール

精神科医・医学博士。
1971年生まれ。金沢大学卒業後、都立荏原病院での内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院での一般精神科研修を経て、2003年、国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん患者およびその家族の診療を担当している。2006年、国立がんセンター(現:国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科長を経て、現職。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。
著書:『もしも1年後、この世にいないとしたら。』(交響社)、『がんで不安なあなたに読んでほしい。 自分らしく生きるためのQ&A』(ビジネス社)

死を考えざるを得ない時代がやってきた。

最近は「死」を意識する本が非常に注目を浴びています。イェール大学の人気講義をまとめた『DEATH 「死」とは何か』は20万部も売れているそうです。他にも、ひすいこたろうさんの『あした死ぬかもよ?』、ホスピス医の小澤竹俊さんの『今日が人生の最後の日だと思って生きなさい』など、死と真正面から向き合う本がベストセラーになりました。高齢化が進んで、老年期が長くなってくると、孤独というテーマが出てきます。人々の関心が長生きよりも、どうおしまいにするかに向かっているのかもしれません。ただ長生きを追い求めることへの虚しさが募ってきて、今は、死について語ってほしい、語りたい、という時代になってきたのかなと思います。
がん患者さんからのかけがえのない学びを紹介した拙著『もしも1年後、この世にいないとしたら。』も、20年前なら不吉なタイトルで敬遠されたかもしれませんが、今はちょうどいい刺激として受け取られているようです。
医療現場においても、富山県の射水市民病院で7人の患者さんの人工呼吸器が取り外されていた延命治療中止事件や、東京都の福生病院で腎臓病の女性が人工透析を中止して亡くなった事件に象徴されるように、生命の尊厳をどう考えるかということが問われています。延命医療の中止に対する感情的な反応もある一方で、とにかく長生きすればよしという考え方が行き詰まっているように思います。死の社会学という観点から言えば、昔は宗教的な世界観で死を理解していたのが、産業革命後は宗教離れが進み、科学では死を語ることができないから、死のことなど考えないことにしたのが現代社会でした。その現代社会が行き詰まって、死を考えざるを得ないところに来ているのだと思います。

「一期一会」だと思うと、五感が開かれる。

死を意識することの大切さについては、古来から言われてきました。古代ローマ人の教え「メメント・モリ(=死を思え)」もそうですし、『徒然草』や『平家物語』など日本の古典や日本人の心の底に流れている無常観もまさにそれです。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず…」、すべてのものは失われるという感覚があるからこそ桜を愛でるわけです。
茶の湯の精神である「一期一会」も、戦国時代ですから、いつ戦で死ぬかわからない、あなたと会うのはこれが最後かもしれないという思いが込められています。すべては一期一会だと思うと、「今」、「ここ」に生きるわけですから、五感が開かれます。
先日、私は小渕沢で露天の温泉に浸かっていたら、お湯は温かいし、風はひんやりと冷たく、針葉樹林のかぐわしい香りがして、薄曇りの中に仄かに光も刺している。あぁ、すばらしいなあと思いました。でも、10年前に同じ温泉に行ったときは、そのすばらしさに気がつきませんでした。会議の準備のことなどを考えて、「今、ここ」にいなかった。仕事のことは忘れ、「今」を生きるようにしたら、見える景色が全然ちがって見えてきたのです。だから、「これが最後」と思って見る桜は本当にすごいだろうなと思います。

人生はいつ終わるかわからない。だから「今」を大切に生きる。

人間は、偽りがなく、愛があって、美しさに触れる暮らしをしていれば、幸せだと思うのです。逆に、真実や愛や美しさと隔絶した毎日を送っていると、不幸になってしまいます。命は永遠だと思い込み、心のままに生きることなく、世間体や空気に搾取された人生を送っていると、非常に虚しくなって、だから、死という真実に直面した人の話を聞くと、ガツンと来る。
拙著の冒頭に、27歳で亡くなったオーストラリアの女性の言葉を紹介しています。
「自分の人生がいつ終わりを迎えるのかは誰にも分からない。だからこそ、今生きている瞬間をかけがえのないものとして大切にしてほしい」
今、私たちは自分が健康だと思っているけれど、健康とがんの間には境界線があるようで、じつはなくて、いつそっちへ行くかわからない。27歳で亡くなる人もいる。
死を意識すると、1日1日があたりまえじゃなくなります。今日1日を健康で生きられることがありがたいと思えるようになる。そうすると、この貴重な一日をどう生きるかを一生懸命考える。その結果、多くの人は自分にとって大切な人との時間を優先するようになる。死を意識することから、まず人生に対する感謝の念が生まれ、人生で本当に大切なことは何か、自分は何のために生きるかを深く考えて、行動するようになるのです。

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