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なぜ今well-beingか(2):主観的幸福度とSDGs

 


東京工科大学 名誉教授、日本創造学会 評議員
奥 正廣


 

格差が少なく、帰属意識が高い地域の幸福度は高い

 

なぜ今Well-beingか(1)では、国連の世界幸福度報告(WHR)2020[1]の2章を中心に検討した。そこでは、主観的幸福度(以下、SWB:Subjective Well-Being)[2]は、6つの要因(①一人当たりGDP、➁社会的支援、③健康寿命、④人生選択の自由度、⑤寛大さ、⑥汚職)で、各国の違いの4分の3は説明できまた➁社会的支援、①一人亜当たりGDP、③健康寿命の順で影響度が高く、この3つでそのうちの約8割の寄与を説明できることが明らかにされた。つまり、社会的つながり、所得、健康が幸福度を大きく左右するということである。

 

今回は、同じくWHR2020を基に、幸福度と社会・自然環境の関係を検討する。まず3章では、都市の幸福度ランキングを検討している。そこでの結果を簡単に記すと以下のようになる。

 
①都市の幸福度ランキングと国の幸福度ランキングは基本的に変わらない(トップランクの国の首都や主要都市はやはりトップランクである。ちなみに東京は79位)
②ほとんどの国で、都市部に住む人は、都市外に住む人に比べて幸福度が高い(とくに国民の平均幸福度が低い国ではその傾向が顕著である)
 

上記②と関連して、4章では、都市、都市近郊、地方(田舎)の違いをより厳密に比較検討している。そこでの主要な結果は以下の通りである。

 
③幸福度ランキング低位の国では、都市部の幸福度が都市外(都市近郊,地方)と比較して高い
④しかし幸福度ランキング上位の国では、都市部の幸福度の優位性は低く、時にはマイナスになることもある(Table 4.1
 

ちなみに、上記④のような状況が生じているのは、西欧&北欧、豪州&ニュージーランド、北米である。その理由としては、(a)住民の地域コミュニティへの帰属意識(概して地方の方が高い)、(b)幸福度の不平等さ(都市部でより一般的)、という2つの要因が関係しているらしいことがわかった。また満足度の高い都市は中規模の中核都市であることも示唆された。要するに、(a)地域コミュニティの帰属意識がある程度保たれ、(b)(幸福度の)不平等が少なくある程度経済的に豊かな地域、の幸福度が高いということである。大都市では、経済的に豊かさを保つために、サービスを提供する人々が地方から集まってきて、買い手独占(モノプソニー)的労働市場も形成され、経済的・幸福度的に格差の大きい不平等社会が形成されやすいからである。

 

幸福度により影響するのは自然環境の豊かさ?それとも社会的つながり?

 

5章は、地域環境が幸福度にどのように影響するかを2つのアプローチで検討している。第一は、従来の研究を踏まえて、各種環境指数と主観的幸福度の関係を分析した。幸福度と関連づけるためにサンプルをOECD加盟国に限定して、硫黄酸化物(SO)、窒素酸化物(NO)、粒子状物質(PM10とPM2.5)、一酸化炭素(CO)、非メタン系揮発性有機化合物(OC)の一人当たりの人為的排出量等、一人当たりの森林面積、月平均最低気温・最高気温(摂氏)、月平均降水量(ミリ単位)など気候に関連する環境要因データ(2005-15)を取り出し、幸福度との関連を分析した。

 

結果として、天候(気温の穏やかさなど)および緑の豊かさと空の豊かさ、その両方が主観的幸福感に強い正の効果のあることがわかったが、大気汚染の影響は明確ではなかった。その理由として、個人が特定の環境特性を選択的に求めたり避けたりすることができること、大気汚染物質への曝露は短時間で局所的なものであることが多いこと、環境変化は一般的に緩やかに進むため自覚しにくいこと、などが背景にあると推測される。

 

第二に、ロンドンの13,000人のボランティアに、携帯電話で、無作為時間の計50万回のリアルタイム活動状態を回答してもらう経験サンプリング法(ESM)を行い、その経験データと対応する社会環境を直接リンクさせた分析である。その結果は、公園や街路樹等、アメニティ空間に近いこと、日光・晴天、気温が高いことなどがポジティブな気分に関係していた。気分は室内よりも屋外の方が良く、仕事中は悪くなっていた。しかしこの結果で最も注目すべきは、活動の初期状態の気分がポジティブであれネガティブであれ、リストアップされた43の活動のすべてで、友人やパートナーと一緒に屋外活動を行うと気分が向上するということである。要するに、親密な社会関係が気分に顕著に影響していることがわかった。2章の表現で言えば、社会的支援やつながりの重要性である。

 

自然環境の改善と主観的幸福度(SWB)がトレードオフになりうるというジレンマ

 

6章では、持続可能な発展目標(SDGs)とウェルビーイングの実証的な関連性を探っている。これも今回の報告書で初めて検討されたらしい[3]。SDGsは、ミレニアム発展目標の後継として2015年に批准され、2030年を目標としているが、各国の経済、社会、環境の発展のさまざまな側面を測定するものである。持続可能な発展とウェルビーイングとの関連性を実証的に探るために、2つの主要なデータ収集の取り組みを組み合わせている。SDGsに関しては、各国がどの達成度でどの程度まで進んでいるかを測るSDG指数(SDG Index:SDGI)[4]を活用する。また、ウェルビーイングに関しては、GWP(ギャラップ世界世論調査)の生活評価(主観的幸福度)を中心とした項目を使う。

 

ここでの主要な結果は、SDGsの達成における国際的な差異は、主観的幸福度(SWB)の国際的な差異と正の高い相関関係があり、とくに幸福度の高い国では目標達成率はさらに速く上昇し、幸福度と目標達成率の向上の相乗効果を示唆しているということである。しかし、各SDGが幸福度とどのように関係しているか、また、地域別にどのように関係しているかを見ると、地域ごとに多様であることがわかる(Table 6.3)。SDG14(海洋の豊かさ)、15(陸の豊かさ)、17(目標のためのパートナーシップ)は一般に重要ではない。さらに注目すべきは、SDG12(責任ある消費と生産)と13(気候変動対策)は、SWBと有意に負の相関があることである。とくにSDG12(責任ある消費と生産)の場合、経済発展の一般的なレベルをコントロールした場合でも負の相関である(Table 6.4)。この結果は、SDG12(責任ある消費と生産)の改善は幸福度(SWB)を下げることを意味する[5]。

 

 

この結果について、報告では次のように分析している。SDG12(責任ある消費と生産)指数の基礎となる指標(indicators)を確認すると、自治体の固形廃棄物、発生した電子廃棄物、生産ベースのSO2排出量と輸入されたSO2排出量、窒素生産フットプリント、反応性窒素の純輸入排出量、リサイクルされていない自治体の固形廃棄物によって決定されている。これらの指標から、SDG12は、責任ある生産と消費の割合よりも、消費と生産によって発生する廃棄物の量と高い相関関係があると推測される。経済的な先進国では、(ア)廃棄物の発生量が多くなるとに幸福度も高まる傾向にあるため、あるいは、(イ)責任ある生産と消費がそもそも消費と生産が少ないことを意味しているならそれが幸福度が低い経済状況と密接に関係する傾向があるため、と考えられる。

 

しかしSDG12を経済発展の一般的なレベルを制御して幸福度に回帰させた場合でも継続して負の相関があるから、(イ)ではないことがわかる(Table 6.4)。このことから、責任ある消費と生産を進めることは、幸福度(SWB)のトレードオフを伴う可能性のあることがわかる。環境的に持続可能な成長と幸福度の向上をともに実現する施策を考える場合、背後に複雑な(一種矛盾する)影響関係が存在し得ることを自覚して実行する必要があるだろう。

 

ちなみに、関連して、グローバルな生態系劣化にもかかわらず主観的幸福度が悪影響を受けない(換言すれば、危機意識が醸成されない)という“環境(主義者)のパラドックス”の理由を検討した研究を紹介している[6]。そこでは、先行研究に基づく4つの可能な説明(仮説)をエビデンス(科学的証拠)から検討した。その4つの説明(仮説)は下記である。

(1)幸福度尺度が妥当ではないこと
(2)幸福度は食料生産などの提供サービスに依存しており、(そのサービスの向上で)生態系への圧力が高まっていること
(3)技術やイノベーションによって幸福度(人間社会)が自然(エコシステム)からある程度切り離されていること
(4)生態系が劣化してから幸福度が影響を受けるまでにはタイムラグがあること
検討の結果、(2)と(4)がある程度支持され、(1)と(3)は否定された。とくに(3)に関しては、一部の証拠から、長期的に技術やイノベーションが生態系サービスの利用効率の増強を支援しうることが示されている。
 

SDGs17項目と幸福度の関係性

 

Table 6.3からわかるように、SDGs17項目の幸福度との相関はさまざまであり、項目間の相関も多様である。そこで、国家間の幸福度の違い(分散)を説明する上での各SDGの相対的な重要性(寄与度)を探るために、dominance analysisという手法で検討した(Figure 6.2)。図からわかるように、SDG10(不平等の解消),14(海洋の豊かさ),15(陸の豊かさ),17(パートナーシップ)は、世界全体の幸福度のばらつきを説明するのにほとんど寄与していない。一方で、最大の説明力を持つのはSDG3(健康と福祉),8(働きがいと経済成長),9(産業と技術革新),12(責任ある消費と生産)であると思われる。SDG8(働きがいと経済成長)、SDG9(産業と技術革新)、SDGs12(責任ある消費と生産)はそれぞれ分散の10%以上を説明している。もちろん、Table 6.3で示したように、SDG12(およびSDG13)は幸福度と負の相関があることにも注意が必要である。

 

幸福度へほとんど寄与しないSDG項目や相互に相関の非常に高い(類似した)項目があるので、意味的に類似した5グループのSDGsにまとめ、5つのSDGs指数を作り、同様な方法でその寄与割合を示したのがFigure 6.3である。なおSDG17はもともと寄与が非常に小さく、内容的にも5グループとは異質なので除いてある。[経済的目標](SDG4,8,9)、[健康的目標](SDG3)、[社会(公平)的目標](SDG1,5,10)、[法(制度)的目標](SDG16)という順で、[環境的目標](SDG2,6,7,11-15)の寄与が一番小さい。複数国家からなる地域(領域)ごとの5つのSDGsグループの寄与度はかなり多様であるが、データ数が少なくなるので確かなことは言えない。

 

SDGsの達成は、SWB決定要因への複雑な影響を経由し、SWBに影響する

 

Figure 6.5は、今までの検討を踏まえ、SDGs(左列)が、2章で検討した6つの決定要因(中列)を経由してどのように主観的幸福度(右のSWB:Subjective Well-Being)に影響するかの、エビデンスに基づく概念モデルである。6つの決定要因は、上段から順に「(一人当たり)所得」「社会的支援」「価値観(寛大さ)」「(人生の選択の)自由」「政府や企業への信頼」「健康(寿命)」である。モデル内の線分のうち、前述の5つのSDGsグループ(左列)と6つのSWB決定要因(中列)との間の線形相関のうち、最も関連性が高いか、または特徴的な経路のみを示している(線分付近の数値は対応する相関係数)。付録のTable A4では、可能性のあるすべての関連性についての一般的な相関表が示してある。SWBの決定要因に関して、SWBへの最も高い相関関係は「所得」「社会的支援」「健康」であった。「政府や企業への信頼」のSWBへの寄与はあまり高くないが、2章のESS(欧州社会調査)データの分析で、社会的・制度的信頼のSWBへの影響の大きいことが示唆されたので、GWPの調査項目の問題かもしれない。またSWBにほとんど寄与のない「価値観(寛大さ)」は、向社会的・援助的態度を明らかしようとしたのであろうが、日本のように寄付行動が一般化していない文化もあり、文化的差異の影響が大きいのかもしれない。

 

Figure 6.5のSDGs(左列)のうち、上から、最上部の[経済的目標](SDG4,8,9)、3番目の[法(制度)的目標](SDG16)、最下部の[健康的目標](SDG3)を表す3グループは、SWBの強い決定要因「所得」と高い正の相関関係を持っている。「所得」とSWBの間には強い関係があるので、これらの3経路はSDGsがSWBに影響を与えるための非常に重要な経路である。

 

上から2番目の[社会(公平)的目標](SDG1,5,10)は、SWBの強い決定要因「社会的支援」と高い正の関係を持っている。ここには直接現れていないが、既述の考察から、この[社会的目標]はSWBの格差・不平等と密接に関係すると推測される。対照的に、この[社会的目標]とSWBの決定要因「価値観(寛大さ)」と「(人生の選択をする)自由」との間の相関関係は低い。

 

3番目の[法的目標](SDG16)は、[社会的目標]と同様に、これら3つの決定要因との間に類似した関係がある(Table A4の2,3列)。影響メカニズムが類似しているらしいことから、両者は同様な施策アプローチが有効かもしれない。

 

4番目の[環境的目標](SDG2,6,7,11-15)もまた、SWBの決定要因「所得」と正の相関があるが、0.17と低い。この結果は、既述のSDG12,13とSWBとの負の相関を想起させる。
最下部の[健康的目標](SDG3)は、SWBの強い決定要因「健康」と1に近い相関関係を持つ。また[環境的目標]も「健康」と0.63の正の相関を持ち、環境が健康にとっても重要であることがわかる。

 

持続可能社会実現の両輪:SDGsの達成とSWBの向上に向けて

 

今までの議論やFigure 6.5などから、次のことが言えるだろう。

 

(a) SDGs(持続可能な発展目標)はマクロな客観的・社会的目標であり、社会施策により、ある程度達成可能なものである
(b) SDGs関連の客観的改善があっても、直接的に主観的幸福度(SWB)が向上するわけではない(SWB決定要因を媒介しての影響)
(c) SWBは個人所得や個人の生活環境とその評価(対人関係,社会制度への信頼,人生の選択・自由度等)から直接的な影響を受ける
(d) したがってSWB(個々人の幸福)が“望ましい社会”の核となる目標なら、SWB指数向上に留意しつつ、SDGsとSWB関連変数の中で制御可能なものを制御していくことが重要だ
(e) 所得は、低いうちはSWB向上に寄与するが、高く(経済的に豊かに)なると寄与低下し、人間関係、組織・制度への信頼、人生選択の自由度などの相対的重要度が増す
(f) SDGsの、とくに環境問題等の改善は、現状では、SWB向上に貢献せず、むしろ低下させる可能性さえある。そこに社会的ジレンマ(ミクロ=個人の欲求満足行動とマクロ=集合的行動の社会的結果の矛盾)が存在する。社会的施策はこの矛盾を解決するような方向で進めないと問題解決しない
(g) 環境問題の改善は(エビデンスから合意しうる)喫緊の課題であり、それがSWBを下げる可能性があるなら、SDGs施策とは別に、SWB決定要因 に直接働きかけることも重要だ。ジレンマ解決には、その活動に喜びを感じるような諸個人の価値観・行動様式の確立・普及が必要で、啓蒙・教育、問題の実体験や活動状態の更なる“可視化”等が重要だろう
(h) 社会的ジレンマ解決の大きな部分が、SDGsとSWBを同時に実現するような、SDGs施策とそれを支援するような諸個人の価値観・行動様式の創出にかかっている。いずれにせよ、SDGsとSWB両者の客観的指標・指数は確立してきたのであり、モニタリングしながらその活動を推し進めることができる時代になってきた
(i) なお、理念としてのSWBは感情・生活評価・生きる意味を問うものであり、その重要性は歴史的・実証的にも支持されてきたが、さらに新たな展開に向かいつつある[7]

 

著者プロフィール

奥 正廣奥 正廣
専門は、社会心理学、社会工学、創造性研究。東京工業大学理学部応用物理、同大学院社会工学修士課程修了、同博士課程単位取得満期退学の後、(社)農村生活総合研究センター研究員。日本各地の地域社会調査に携わる。平成3年、東京工科大学着任。教養学環長を経て名誉教授。日本創造学会 理事長,会長等歴任。

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